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6-3 わたしたちの歩み

使う技術と使える技術は、いつも現場から学んできました。

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キャリアの前半は、広告・宣伝の企画・制作を手がける。

大学卒業後、株式会社リクルートに入社し、まず人材採用広告の制作に携わりました。まったくの未経験でしたが、いきなり現場での実務を任され、また週刊誌を担当したため、毎日が大量の仕事に忙殺される日々でした。そのお蔭で、編集をはじめ取材・原稿制作・デザイン・入稿・印刷の基礎を学ぶことができました。

本社勤務後、いくつかの異動を経て池袋で制作部門のトップを任されました。自身でも大量の仕事を抱えつつ、個々の制作メンバーには案件を振り分け、営業部門とのコミュニケーションを築き、本社制作との連携も図り、池袋地区のクリエイティブの全責任を担いました。

リクルート社での仕事は採用広告がメインであったため、一般広告を企画・制作してみたいとの願望が高まり、転職を決断。大手代理店の下のデザイン会社でさまざまな宣伝広告・DMなどのコピーライティングを担当しました。

リクルート社での大量の案件を短時間で消化する傾向であった仕事とは一変し、より緻密に精巧に練り上げる厳しさと完成度の高い広告をつくる経験することができました。

一方、川下の広告プロダクションでは大きなプロジェクトを任されることはなく、キャリアアップが望めないことに限界も感じました。そこで、もっと川上で直接、クライアントと折衝できる発注元である代理店を志向し転職。

キャリアの後半は、官民企業の広報・プロモーションに携わる。

当時の代理店はかなり早い時期からMACを導入し(デザイナーの環境がMACであることから)、自然にOfficeを使うようになりました。企画書はほぼ100%PowerPointとExcelとWordの組み合わせで作成するようになりました。

ここではリクルート社やデザイン会社とも異なり、数カ月単位という長いスパンで案件を進行管理する業務を複数、同時進行でハンドリングする性質の業務に大きく変わりました。社内外のスタッフとの連携はもとより、クライアント企業との濃密な関係性の構築も主な課題の一つになりました。

HPが徐々に一般化し出したのも、この頃でした。

ただ単に制作物を作るといった作業ではなく、クライアント企業の課題を解決するためのコンセプト・メイキングから当該年の採用プロモーションのスローガンの開発、それらに基づくパンフレット・DM・ホームページ・POPの設計など、採用システムの全体像をプランニングするようになりました。

漠然としたクライアント企業の採用課題を見極め、徐々にカタチにしていくダイナミズムは、デザイン事務所に在籍していた時には味わえない醍醐味だったと思います。やりがいが大きい反面、責任も重く、また長い採用シーズンを一つ一つの企業にきめ細かく対応するため、精神的かつ持続的なスタミナが養成されました。

作りながら進めながら走りながら、さまざまなノウハウを吸収してきたキャリアでしたが、「ものを作り上げていくことが好き」なのは変わりません。社名を制作社にしたのも、一生、制作者でいたいからです。

制作社  一同

引き続き[あなたと、あなたの会社のために]をご覧ください。

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